チャレンジャーたちが挑む
サンパウロの近況



 新年の休みを利用して、サンパウロを訪問してきました。真冬の日本から真夏のブラジルへ、激変した環境に体が適応するのにくたくたでした。今回の訪問は、チャレンジャーたちの受け入れ先の調査と、これから受け入れてもらう関係先への挨拶、研修中のチャレンジャーたちの実情を見るのが主な目的でした。
 
 ブラジルはちょうど夏休み中とあって、町中にはあまり若者の姿はありませんでしたが、走る車のきれいなのに目を見張りました。一昔前までの車は、傷だらけで、エンジン音がうるさく、交差点に立っていると真っ黒な排気ガスに悩まされたものです。それが今回は全くありません。黒い排気ガスをはく車を見たのは、ヅットラ街道を走っていて、上り坂を今にも止まりそうに走っているトラックを1台見ただけでした。この一事を見て、ブラジルの経済力の急激な成長を実感しました。これからは中国、インド、ブラジルの時代といわれます。まさにこの現実を見せつけられる思いでした。

 そうした内容の変化に対して、東洋街の街並みは10年1日のごとく、同じ眺めでした。歩道は相変わらず凸凹が多く、東洋市が開かれる日曜日ともなると、東洋街のメーンストリートであるガルボンブエノ街は車が数珠つなぎになり、大渋滞です。

 今のサンパウロは車無しでは移動できないというのが実情です。これはサンパウロが広いからというのではなく、車でないとひったくりや強盗に会う確率が高いからです。わずかな距離でも日系人達は車を利用します。これは防衛のためであり、決してずぼらというわけではありません。ブラジルの唯一の欠点は、治安の悪さであり、これはますますひどくなりつつあるようです。チャレンジャーたちも十分に注意してもらいたいことの一つです。

 受け入れ先の一つであるコチア農学校も訪問しました。サンパウロから80キロほど離れたジャカレーにあり、車で1時間強の行程です。海抜600メートルほどの丘陵地帯にあり、元はJICAの農業移住者の研修所でした。事務所棟、宿泊施設、教室、実習農場、牧場、ビニールハウスなどが点在し、そこで中南米各国から来た農業研修生21人が学んでいました。
 ここでは農業の問題だけではなく、環境問題、農家の経営といったことも教えており、研修生達も、環境の改善に力を尽くしたいとか、進んだ農業を地元に普及したいなど、意欲的なところを語ってくれました。

 同学校では、実習としてチーズ、ヨーグルトなどの作り方も教えています。実際に作られたヨーグルトを味見してみたところ、新鮮で、ほのかな甘みが口の中に広まり、町中で売られているものよりおいしいと思いました。

 この農学校では、日本からの留学も歓迎しており、農業以外にポルトガル語の授業も行われています。田舎町ですから、遊ぶところなどはなく、ブラジルの大自然の中で、思いっ切り勉強できる環境です。ここではOくんが半年ほど研修していましたが、ポルトガル語以外はほとんど通じないとあって、全く話すことができなかったOくんが、帰るころには1人でブラジル南部を旅行できるほどに上達していました。語学は、その中にどっぷりと身をつけた方がよい、ということの証明です。

 もちろん、これ以外にもさまざまな報告事項はありますが、必要な方は問い合わせてください。分かる限りでご返事いたします。

                        
2005年1月17日
                  NPOチャレンジ・ブラジル事務局
                         事務局長 瀬頭明男
 

ブラジル支部からの報告
 2004年9月6日


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